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ヒストリーオブ山下達郎 第53回 ON THE STREET CORNER1、2再発(2000年1月)とシングル「ジュブナイル」(7月)

<残念なことに、日本ではリイシューにあまり関心がない>
1999年11月25日『ON THE STREET CORNER3』が発売され、翌2000年1月26日にオンスト1と2が、パッケージも3に合わせ、リイシューされた。このリイシューは僕の発案だった。僕が言い出さない限り、こういうのはいつまでも出ない。2002年のRCAAIRイヤーズでの復刻も、僕が全部提案した。他社のカタログだから、リイシューについては、誰も言い出さない。
基本的に日本の芸能界は、昔からカタログ保持という発想が希薄で。映画会社もそうだけど、レコード会社もそう。旧譜の管理を、きちっとやろうという意欲がない。だから大滝さんとか、僕とかが変わっているw  洋楽を聴いていて、海外での復刻状況とかを見ていると、カタログ管理がいかに大事か感じる。ところが、日本の場合はレコード会社も音楽出版社も、とにかく短期決戦で売り切って、あとはスクラップも同然。今流行のシティポップとやらだって、きちんとマスター管理をしていれば、今だってちゃんと売れるはずなのに、バッタもんみたいにコンピレーションで出され過ぎて、バリューがない。でも、僕とか大滝さんは、もったいないから、ちゃんとリマスターしてやりましょうと。CDが出た当時のクオリティーより(マスタリングは)はるかに良くなっているから。それにボーナストラックを入れるという技もあるし。
2020年に出した『POCKET MUSIC』や『僕の中の少年』のリマスター盤も、どちらもベストテンに入るという、昔だったらありえないことで。今はそういうリイシューに関しては良い時代なんだから、もっと積極的にやればいいんだけど、日本はミュージシャン本人も含めて、あまり関心がない。とても残念なこと。
あと、どんなにリマスターしても、歴史の試練に耐えない、現代のオーディオ的評価という試練でも耐えられない場合もある。ベンEキングの「STAND BY ME」は今聴いても大丈夫だけど、同時代の、スティーブ・ローレンスの「FOOTSTEPS」なんかは、今聴くと、すごくショボい。何が違うのかと言ったら、編曲、演奏、そしてエンジニアがドム・ダウド。リーバー&ストーラの手掛けた作品の普遍性がある。
でも、オンスト3の時は、リマスタリングが本当にいい音になってきていたので、実現できた。ひとりアカペラは同じ声の多重録音なので、ピークがとても強くて、適正なレベルでリマスタリングしないと歪みが出る。
オンストのリマスターでひとつ後悔しているのは、こないだも言ったけど、ジャケットを変えちゃったこと。いつかオリジナルに戻したいと思ってるけど、タイミングを計りかねているというか。でも、仮にそうしたら、またおまけをつけろ、とかなるだろうしw  もうテイクは全部出払って、残ってないから、ライヴ・ヴァージョンならたくさん録っているから入れられるかも。本当はライブハウスでノーマイクで歌っているのを記録できればいいんだけど。何度かトライはしたけど、オーディオ的に満足できない。ブートレグというか、ラジオの街頭録音みたいになっちゃう。高円寺JIROKICHIでのライヴ配信(2020年12月26日)でも試してみたんだけど、全然駄目だった。「YOUR EYES」をノーマイクで歌って、難波くんがピアニカ演奏するテイクで試してみたけど、全く使い物にならない。ホールでラジカセで盗み録りしているような感じになってしまう。
生で聴いていると、人間の耳はそれをちゃんと選別できる能力があるけれど、その勘所(かんどころ)は録音された音では伝わらない。難しいところ。
   
<オンスト1、2はソロ名義でのリマスター、最初の作品>
僕の場合、最初から録り直す、いわゆるリレコはほどんどない。でも、ミックスのやり直しはよくやる。昔はシングルなんて締め切りがギリギリで、それこそ「4日であげろ」みたいなことがあった。90年代以降は、例えば楽器ひとつの選定でも時間がかかって、レコーディングの時間が伸びるから、ミュージシャンもエンジニアもそういうもののスピード感に悩まされて、不本意なまま録音を終わらざるを得ない。リミックスという発想が生まれた背景には、そういう部分もある。音楽に限らず映画でも、例えばコッポラなんかはディレクターズ・エディションが何個あるのか。小説家でも高村薫の「マークスの山」は最初に出た単行本と、文庫本の内容が違ってて、さらに再販でまだ改訂して、いつまで変えるんだ、みたいな、そういう人もいる。大滝さんみたいな人w
僕の場合は、リミックスするにしても楽器ごと全部変えちゃうと、印象が変わってしまうから、歌も取り直すとか、そういう事はなるべくしないで、あくまでオリジナルの録音素材で、ミックスダウンを変えると言う形にしている。
今(2021年)ニューアルバムをレコーディングしていて、ここ10年で7曲くらいのシングル曲があるけれど、ミックスを全部やり直した。主にオーディオ的なスペックを上げる目的で。これに対してオンストの場合はもうちょっとマイナーなアプローチだった。
ボーナストラックをどう入れるかは結構考えた。リマスターのオンスト1には、「GEE」と「CLOSE YOUR EYES(All Tatsuro Ver.)」がボーナストラックに入ったけど、中間に挟む形で追加した。それは「THAT’S MY DESIRE」で終わりたかったから。考えてみれば、2002年のRCAAIRイヤーズのリイシュー前だから、オンスト1、2はソロ名義でのリマスターの最初の作品になっている。基本的にCDにボーナストラックを入れるのは、販促的なメリットだし、サービスだから。89年にビーチ・ボーイズの『PET SOUNDS』のライナーを書いた時、ボーナストラックが入っていて。その後にどっとビーチ・ボーイズのリイシューが出てきた時にも、ボーナストラックがいっぱい入っていた。あの頃はボーナストラックを売りにして、オリジナルのアナログをCD化するみたいな商法が出て来ていた。そういう方法論だから、当然、これもそうで。
オンスト1の「CLOSE YOUR EYES(All Tatsuro Ver.)」はもともとあったもので、確か90年代の初め、第一生命のCMの時に、契約上の問題で吉田美奈子のヴォーカルを入れられなかった。その部分を自分で入れ直して作った”オール達郎バージョン”というのがあったので、それを入れた。
オンスト2のボーナストラックはレコーディング時のアウトテイクで「HEAVY MAKES YOU HAPPY」と「WILL YOU LOVE ME TOMORROW」の2曲。「WILL YOU LOVE〜」なんかは86年のオリジナル・リリース時には、あまりにベタ過ぎるので、ちょっとイヤだなあというのがあった。40代はまだベタに対する抵抗があった。そういうのをやってもしょうがないと。でも、お客には結局、知っている曲が受けるんだっていうことを痛感した。ポピュリズムだと。昔はそういうメジャーフィールドには行きたくないと、頑なだった。当時は渋さというか、これをやるのか!みたいな、そういうのがとても大事に思えていた。オタク精神。オンスト2で「Make It Easy On Yourself」をやっているけど、バカラックじゃないぞ!と。そういうところ。(バート・バカラックに同名異曲があるが、オンスト収録曲はテディ・ランダッツォの曲)。
   
<オンスト4を出すならドゥーワップの演奏ものにしようかと>
リイシューのライナーは、僕の書き下ろしになっている。それには解説の先達がいて、高崎一郎さんとか、糸井五郎さん、木崎義二さん。僕がライナー執筆者で一番好きだったのは、平川清圀さんというTBSのディレクターだった人で、そういう人たちに教えてもらったもの、その継承というか。それに、オンストは全てカヴァーであって、オリジナルではないので、どこから出てきて、どういう曲なのか、説明する必要がある。それを一般の評論家に頼むより、自分で書いたほうが、より説得力がある。プロパガンダとしても、自分で書いている方が売りになる。ドゥーワップとか、アメリカのポピュラーソングなので、自分が書いた解説の英訳も必要だと思ったし。そういういろんな判断で。あとは、まだひとりアカペラというのは、当時は異端だったので、そのためにも自身による説明が必要だった。
もし、オンスト4を出すなら、ドゥーワップの演奏ものにしようと思っている。すごいロウファイな音にして。その方が面白いものができるかな、と。あの頃は色々とビジョンを持っていて、男女の混声でもいいから、5人くらいで集まって、アカペラのコーラス・グループを作って、ドゥーワップをやりたいなと思ったんだけど、見合うメンバーがいなかった。
    
<渋谷、銀座、高田馬場でインストア・ライヴを開催>
オンスト3枚の発売に合わせて、インストア・ライヴも行っている。タワーレコード渋谷(99年11月25日)、銀座山野楽器(11月27日)、高田馬場ESPホール(2000年1月30日/新星堂イベント)。
ひとりで、それぞれ2時間近くやったんじゃないかな。カラオケやったり、弾き語りをやったり、いろいろ試してみた。あの頃は、インストア・ライヴがブームだった。それが狙い目だなと思って。今だったら難波くんと広規の3人でインストアやるかもしれない。あの時はアカペラで行こうと。得意の差別化。販促用に作ったアナログLPとCDの、オンスト0(ゼロ)。そのCDの方にESPホールのライヴが入っているけれど、この一連のインストア・ライヴで録音していたのは、ESPホールだけだった。新星堂は全国の店舗が対象だったから、応募者が多く、会場がお店ではなく、ESPホールになった。
レコード店には、70年代から応援やバックアップをしてくれる人たちがいた。神戸で一番売ってくれていた「AOI(アオイ)レコード」(2012年閉店)、小さな店だけど、オンスト1をそこだけで1,500枚売ったとか。それぞれの店の特色があって、大阪のある店はビックバンドの品揃えが日本でいちばんあって、ディーラー・コンベンションにもよく来てくれていたので、SEASON’S GREETINGSのプロモーションの時にも、店回りで行って。その時ベニー・グッドマンを聴きたかったので、出たばかりのカーネギーホールでのライヴCDを勧めてくれた。そんなふうに音楽に詳しい人がたくさんいて。レコード会社にもジャズに詳しい人、ヘビメタに詳しい人、そういう人たちがちゃんといた。みんな音楽が好きだから、そういうつながりはあった。今は変化してしまったかというか、よく言えばカジュアルに。悪く言えば、突き詰めなくなった。
いまSpotifyの“全世界でいちばん聴かれている50曲”なんかを見ると、全部同じ。コード進行やアレンジが。この前、なんでそうなるか、という話になって、今は音楽を聴いているんじゃなく、ミュージックビデオを見ているんだなと。曲が始まる前に寸劇があって、曲の間には裸の女の子が踊っている。そのあとは、また寸劇で終わる。MTVは聴くんじゃなくて見るもの。ライヴもそれの延長線上で、ヒップホップやクラブ・ミュージックは、実演奏がやりにくい曲ばかりだから、全部テープで、歌は口パク。バックには裸の女の子が踊っていて。だから厳密な意味では音楽じゃない。昔はそうじゃなくて、純粋にリスニングとしての音楽がたくさん存在したし、MTVがいくらブームになっていても、コンテンツとして重要視されていた。
明らかに時代が変わったけれど、これは仕方がない。ラジオが少し復権してきたので、またテイストが変わってくるかなとは思うけど、それはわからない。今は音楽に対する求め方が違う。特に若年層はそうかもしれない。でもそんな中にも変わり者はいて、最近「サンソン」には目に見えて、そういうリスナーが増えてきている。なかなか礼儀正しいんだけど、リクエストしてくる曲は超変態というかw
   
<「JUVENILE」のテーマは、思い出や憧れが基になっている>
2000年7月、映画「ジュブナイル」(山崎貴監督)の主題歌「JUVENILEのテーマ〜瞳の中のRAINBOW〜」をリリース。主題歌は山崎監督からのオファーで、彼のオリジナル脚本、初めての監督作品だった。VFXで有名な人だけど、あの頃はまだ知る人ぞ知るという存在で。彼から主題歌を作ってくれと。監督にもよるけど、曲については大体はお任せで、山崎くんもそうだったと思う。細田守監督からは「未来のミライ」(2018年)の「ミライのテーマ」の時、最初に書いた曲をもっと明るくしてくれと言われたので、それは書き直したけど。「サマーウォーズ」(2009年)の主題歌「僕らの夏の夢」のときはまったくのお任せで、何の問題もなかった。ケース・バイ・ケースだね。
ジュブナイル」の映画の内容は、ほぼ出来上がっていて、音響や特撮などは途中だったけど、セリフもあるからストーリーはわかる。依頼があった時点で、ほとんど撮り終えていたんじゃないかな。劇中には「アトムの子」も使われていて、実際に主題歌が流れるエンド・タイトルも出来上がっていた。一緒に食事しても、具体的なことは言われなかったし。好きなように作ってくれ、と。
なにしろジュブナイル(”少年少女”を意味する)というタイトルだから。小学校の頃、臨海学校で、千葉の海岸に行った思い出とか。海水浴場って、だいたい道路から海辺降りていくから、「海へ行く坂道」って歌い出し。幼少の頃の体験とか、海水浴、臨海学校の記憶。
当時、千葉の行徳あたりに親戚がいて、そこからちょっと遠出して、幕張の駅前で潮干狩りをした思い出とか。今は海なんて見えないけど、当時はそういう時代だった。内房線岩井駅から行く海水浴場、高校の頃だと外房のユースホステルとか。そんないなたい海岸で、焼きそばやかき氷を食って。いろんな風景をミックスして、子供の、海に対する憧れを歌にした。僕自身は山の方が好きなんだけど。高校時代の思い出を歌った「さよなら夏の日」(1991年)に近いかもしれない。
僕の歌のテリトリーって本当に狭い。イスタンブールなんかには行かないw   岩井とか、富津、富浦、その辺だったらイメージがわく。他には山中湖や河口湖。せいぜいそんなもの。大半のテリトリーは、池袋駅から渋谷駅周辺位。あとはせいぜい下北沢か銀座。
エンド・タイトルで曲が流れるけど、あそこにハマるように作ってある。若い頃はCM作家で食ってたし、文句を言われる筋合いはないw   あのメロディーはすごく気に入っていて、いつか使おうと思っていた。でも、歌詞もメロディーもすごく気に入ってるんだけど、録音がちょっと悪い。あの頃はレコーディング環境がいまいち良くなくて、トラックのクオリティも、望むところまで達していない。ちょうどプロツールスと3348の端境期。2年後のRARITIESにリミックス・ヴァージョンを収録した。
【第53回 了】