ジャニー喜多川、85歳の冬

ジャニーズ事務所ジャニー喜多川社長が単独取材に応じ、アイドルたちへの思いや今後について語りました。所属タレントについて「本人の意思を応援したい」と述べています

「顔で選ぶんですかと、よく聞かれるけど…」ジャニー氏:朝日新聞デジタル
http://www.asahi.com/articles/ASK1Q630NK1QUCFI00C.html

 半世紀以上にわたり、ジャニーズ事務所を率いて、独自のショービジネスを展開してきたジャニー喜多川社長(85)。日本の芸能界で何を考え、立ち続けてきたのか。アイドルたちへの思い、ジャニーズのこれからについて聞いた。

「華やかな世界ない」 ジャニー氏、セリフに込めた思い

 ジャニーズ事務所を創業したのは1962年。
 当時は男性アイドルという呼称は一般的ではなかった。しかし、今や、アイドルは芸能界の柱の一つとなり、昔では考えられないほど長寿化もしている。一方で、光GENJI、最近ではSMAPなど、人気グループの解散にも直面してきた。

 「その選択が本人の意思であり、プラスになるなら、絶対に応援しなきゃいけない。たとえば、アメリカへ行って勉強したいからと言われれば、大賛成ですよ。あとで育ってくれないと、何の意味もない」
 宗教家だった父親の教えも思い出すという。

 「幼いころから、お金をとられても、とる側になるよりずっといいと、教えられてきた。だから、僕は何かをもって行かれても幸せだ、と思っているんです」

 ジャニーズをめざす子どもたちのオーディションは今も自ら行う。選考基準で最も重視するのは「やる気」。グループを構成するときも、まず「やりたい者」に手をあげさせ、メンバーを決めることも行ってきた。いわゆる「ジャニーズ顔」と呼ばれる“美形”も特徴的だ。
 「顔で選ぶんですかとよく聞かれますが、たとえば井ノ原(快彦)はジャニーズ顔ですか? 彼も朝の番組でがんばっていますが、要は、本気で闘っているかどうか。親御さんから信頼を受け、大事なお子さんを預かる以上、私も命をかけて自分の子のように教育しようと思ってやってきた」

 とはいえ、競争は熾烈(しれつ)で、華やかなスポットライトをより多くあびる者とそうでない者が分かれる世界だ。いじけたりする者も出ないだろうか。
 「何百人いても見たことはない。本当です。みんな輝きたいという気持ちはあるでしょう。でもそれは損得勘定ではなく動いている。ピュアなものです」

 55年前、最初に生まれたグループは4人組の初代ジャニーズだった。全米デビューをめざし、プロデューサーとしてメンバーとともに渡米。ビング・クロスビーら米国のトップアーティスト、エンターテインメント界の人々と交流を深めた。
 米国の芸能人のステータスの高さ、芸能人同士の連帯の強さを知る一方、日本の芸能界の社会的地位や状況との差を感じた。「日本でも芸能人がいつか、もっといい環境で活動できるようにしたいと思った」

 当時は日本ではまだ、男性が踊るのが恥ずかしがられた時代だった。男性アイドルへの世間の目は冷たかったという。

 「僕たちが少しずつ認められることで、社会を変えてきたという意識はある。時代は追っかけるものではなく、創るもの。50年前の自分の夢を今、達成したという思いはあります。米国では俳優が大統領にまでなっている。日本でも芸能人のステータスの向上がもっと必要だとの思いは変わらない」

 今回の大統領選でも見られたように米国の芸能人は、政治的発言もさかんだ。ただ、それについては「日本は米国とお国柄が違う」と慎重だ。あくまでもショーで戦争を描き、平和のメッセージを乗せる。それは、自身の戦争体験に立脚したものだという。
 事務所は大勢の人気タレントを抱える。昨年の紅白歌合戦では白23組のうち6組が事務所所属のグループだった。
 今、85歳。未来像をどう描いているのか。
 「自分のやり方を代々続けさせようとは思わない。親の気持ちで教育することは大切だけど、そんな愚直なやり方は、僕らの年代だからできること。みんな、それぞれのやり方で考えていけばいい。ただ、楽しいことが大切なんですよ」(林るみ、山根由起子)

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 じゃにー・きたがわ 1931年、米ロサンゼルス生まれ。62年にジャニーズ事務所を創業、ジャニーズ、フォーリーブス近藤真彦、少年隊、SMAPTOKIO、KinKi Kids、V6、嵐など多くの男性アイドルを生み出している。2011年、「最も多くのショーをプロデュースした」などでギネス世界記録に認定された。